オフトの遺言③
ウチの受験生のセンター試験も昨日無事に(?)終了しました。
さすがに頭がオーバーヒートしたのか、
本人は帰宅後ぼぉーっとしていました(苦笑)。
今日は学校で自己採点です。
果たして結果はどうだったのでしょうか・・・?
さて、では今シリーズの最終回を。
今回オフト氏が体調の優れないなかでも日本を訪れたのは、
達者なうちに自分の想いを関係者に伝えたかったからでした。
その想いとは・・・?
全ては日本サッカー界の行く末に対してです。
つまりは国を挙げて若い世代の育成を真剣にやらないと
その国のサッカーが滅びていくということを心配していたのです。
ドーハ以後ワールドカップに4大会連続出場してきた実績ばかりに目を奪われず、
常に次世代のプレーヤーを育てていかないと
かつてヨーロッパのサッカー大国(仏・蘭等)が招いてきたような
大きな過ちを犯してしまうのではないかと懸念しているのです。
だから今のうちから現役プレーヤーにも自分の想いを伝えて、
「引退後には指導者になってほしい」と訴えていたのです。
そこで彼が今の日本サッカー界から選んだのが、
プレー面・精神面の象徴であるあの二人だったわけです。
またあまりにも若いうちから、
海外移籍を試みるプレーヤーが多いということも憂えていました。
国内リーグで1、2年活躍したからといって海外移籍をしても
逆にゲームに出られなくなったプレーヤーが多すぎるということです。
・・・、すぐに何人か思い当りますよね。
プレーヤーたる者、ゲームに出てナンボだと彼は言いたかったのだと思います。
そういうことを彼は川淵名誉会長に直訴していました。
私にはオフト氏が切実に訴える一方で、
川淵氏が楽観しているように見えましたが。
またその際オフト氏は日本サッカー界のことを、
「We(我々)」と言いかけました。
放送時も多少クローズアップされていましたが、
その一瞬の本音が私の心にはガツンと響きました。
彼にとって日本サッカーはいまだに『我々』なんだと。
『ドーハの悲劇』
一般的には『あの時』をこのように呼びます。
しかし私はこの番組を観てこう確信しました、
「あれは『悲劇』ではなかった、後の『希望』だったのだ」と。
だって今回オフト氏が会った全ての人が
彼に対して心から謝意を伝えていましたから。
私にとってもそれまであまりピンと来なかった
日本サッカーと世界との距離に対して
当時の広島アジア大会やダイナスティカップ、
そしてあのワールドカップアメリカ大会予選を通じて
初めて現実味を味わうことができたのは紛れもない事実です。
そういうわけで今の日本サッカー界があるのは
ハンス・オフト、彼のおかげであったとあらためて強く感じた次第です。
その想いを彼の『遺言』として、
どうしても今回はWebに記録しておきたかったわけです。
新年早々、失礼いたしました。


