私的ベストゲーム:高校編
皆様、お盆休みは如何でしたでしょうか?
(お休みでなかった方には申し訳ございません。)
私はたくさんの親類と同じ時間を過ごすことができました。
上は90歳から下は生後4カ月まで。
お陰をもちまして実に思い出深い休日となりました。
さて今年の全国高校野球選手権もベスト8が出揃いました。
そこで満を持しての題材なのですが・・・、
正直最後の最後まで悩みました。
普通に選ぶなら1979年夏の甲子園の星稜対箕島です。
あの延長18回の死闘、奇跡のゲームです。
他にも1996年の松山商業対熊本工業の決勝戦、
1998年の松坂大輔の一連のゲームなど
対抗馬はいくらでもあるのですが
結局はへそ曲がりの虫に押し切られてしまいました(笑)。
その結果選んだのはコレ!ジャジャン!
『1976年夏の甲子園長崎地区予選3回戦、
海星対島原中央 怪物酒井の16連続奪三振!!』です。
当時私は首から木札を下げて、
市民プールの夏休み水泳教室に通う毎日でした。
そして午後からは当然野球三昧(プレーする方)。
今のウラナリからは想像できないほど真っ黒に日焼けした小僧でした。
しかしその日に限っては子供ながらに何かの匂いを感じ取ったのか
水泳教室が終るや否や大橋球場(当時)の網をよじ登って入場し、
気がつけばネット裏に侵入して観戦しておりました。
(なんと寛容な時代だったのでしょう・・・。)
酒井圭一投手がぎこちないフォームから投げ込む剛速球は、
ネット越しにもその威力がビシバシ伝わってきます。
先頭打者を軽く三振に打ち取ると、
一緒に観ていた友人が三振の数を数えようと言ってきました。
何気なく始めたその行為が
特別な意味を持つことになろうとは全く考えもせずに。
初回・2回・3回と三振の山が築かれていきます。
たまたまバットに当たりファールにでもなろうものなら
会場から拍手や歓声が上がるぐらいです。
更に4回・5回と続いていきます。
「こりゃぁ、最後まで行くんじゃないか・・・。」
誰もがそう思い始めた6回裏ワンアウト、
島原中央の8番バッターが
短く持ったバットで必死に当てた打球が内野に転がった瞬間
スタンドからは悲鳴とも何ともつかない声が上がりました。
それまでに小僧たちが指折り数えた数は実に16、
その数の凄さを知ったのは翌日の新聞の見出しでした。
結局そのゲームは7回参考ながらノーヒットノーランを達成、
そのまま長崎大会・西九州代表決定戦を制した海星は
続く甲子園でも快進撃を続け
長崎勢としては初の準決勝進出を果たしました。
しかしそのゲーム中に自らの気迫の走塁で指を負傷してしまい
延長戦の末試合巧者PL学園の前に怪物の夏は終りを告げました。
怪物サッシーこと酒井圭一投手が全国デビューを果たした一戦、
それを生で観戦できた幸運、
これを選ばずして他のゲームに心を許すわけにはいきませんでした。
というわけで結果として私の中で1976年は特別な年だったようです。
小学校5年生の胸に刻まれた「野球」と言うゲームの興奮、
今の私を形作ったエポックメーキングな年として記憶しておきます。
今後もこれらを上回るベストゲームが生まれることを期待しながら。


